「知らない?」
剣呑に眉を潜める相手へ向かって、小さく頷く。
「僕が来た時にはいなかった。かれこれ一時間以上になるかな?」
「鍵は?」
「開いてた。だからすぐに戻ってくると思って、こうやって待ってるんだけどね」
ようやく状況を理解できたのか、聡は背筋を伸ばして鞄を机に放り投げる。
「おまえっ!」
だが瑠駆真は、悪びれる様子もない。あっけらかんと答える。
「僕は、居場所を知っているとは言わなかった」
「言わないと、居場所教えないって言っただろっ!」
「言えば教えるなどとは、微塵も言っていない」
こいつっ! マジで殴ったろかっ!
そんな視線に、クスっと笑う。
君はライバルだ。誰よりも、絶対に負けられない相手。
「情報収集は基本だよ」
両腕を机に乗せ、乗り出して首を傾げる。
「僕は、君に負けるつもりはないんだ」
美鶴は絶対、渡さない。
「覚えてろよっ!」
俺だって、おめぇに負けるつもりはねぇよ。
瑠駆真の視線を受けた途端、胸中の不安など一気に吹き飛ぶ。
美鶴が霞流ってヤローとどんな関係なのか。そんなのは今はどーでもいいっ!
とにかく俺は、美鶴が好きだ。
「俺は、美鶴が好きだ」
思わず口にする聡に、瑠駆真も負けじと足を組む。
「僕も好きだよ」
サラリと、髪の毛に指を添える。
「渡すつもりはないからね」
パチンと携帯をたたみ、涼木聖翼人=ツバサはホッと息を吐いた。
やっぱ、おかしいっしょ?
自分でも、その態度が変だというコトには気づいている。
なるべく平静を――― などと意識してみるが、平静などそもそも意識するものではない。
もともと隠し事の苦手な性分だ。蔦に怪しまれるのは当然。
だが―――
胸元でギュッと右手を握る。
振り返る一軒家。時折あがる奇声。それぞれに問題を抱えた、二十歳までの子供を保護する施設。
唐草ハウス
所有する安績という老女はおっとりとした優しい性格で、子供たちが悪さをしても滅多には怒らない。
その態度はツバサたちボランティアに苛立ちも与えるが、いざという時にはその聡明な人柄で子供を諭し、故にどんなに捻くれた子供も、安績の言葉には逆らえない。
ツバサも、彼女に救われた一人。
お兄ちゃん―――
今は親しみすら感じる兄も、そして兄と心を通わせていた少女も、そうであったのだろうか?
そうして、シロちゃんも―――
途切れることのない喧騒にため息をつき、首を元に戻す。
座り込む石段。あの日より、今は少しだけ涼しい。
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